🌸あらすじ
束ねの剣が光を放ち、戦場は一瞬の静寂に包まれた。
そのとき、蒼白い旗を掲げた軍勢が丘を下りてくる。
先頭に立つ若き巫女瞳は、夜明けの色を宿していた――天草四郎時貞。
黎明は、まだ終わっていない。
⚔️本文
黎明の光が、焼けた瓦礫の影を細く伸ばしてゆく。
私――環は、剣先から滴る光を見つめた。
呼吸は浅く、心は静かに澄んでいく。
戦とは、騒ぎの中でこそ“静けさ”を見いだすもの。
束ねる者は、その静けさを皆へ渡さねばならない。
丘を滑るように下りてきた軍勢は、蒼白い旗を高く掲げていた。
布地に描かれた意匠は、祈りと十字のあいだに揺れる光。
先頭の若き巫女が馬から降り、私の前で膝を折る。
「理を継ぐ者、天草四郎時貞――参陣つかまつる。」
「顔を上げて。」私は言う。「ここは礼より選択の場。あなたは“何を成す”?」
四郎は静かに立ち上がり、指先で空気を探るように印を結ぶ。
風がほどけ、焼けた匂いが薄れていく。
彼女の声は澄み、けれど幼さではなく、燃え残った炭の温さを帯びていた。
「願いは一つ。“争いの理”に、“生の理”を重ねたい。」
「重ねるだけで足りる?」
「足りない。だからこそ参った。束ねの剣と歩むために。」
背で、幸村が短く息をついた。
忠勝は槍を肩にあずけ、半兵衛は干上がった血を拭いながら四郎を測る。
小次郎は黙したまま、落ちた敵の旗の影を踏まずに迂回した。
誰もが、四郎の言葉の“次”を待っていた。
足利の軍勢は、こちらの光に怯みつつも、なお陣形を整え直している。
退かぬ者ほど、恐れを知らぬのではない。
ただ、退けぬ事情があるだけだ。
だからこそ、理で包む必要がある。剣だけでは届かない場所がある。
四郎が一歩、前へ出る。
蒼白い旗の周りに集う兵の足音が、砂を揺らす。
彼が短く祈りのことばを唱えると、旗布の縁が微かに光った。
私の剣の光と、彼の旗の光が、互いの影をやさしく塗り替えていく。
「環。」半兵衛が小声で囁く。「試すか?」
「いいえ。」私は首を横に振った。「もう、試される立場を終わらせる。」
剣を肩にあずけ、前へ踏み出す。
「聞け。」私は声を上げた。
「退く者は、追わない。倒れた者は、責めない。
立ち上がる者には――この光で道を示す。」
足利の先陣がざわめく。
怒号が混じり、どこかで旗が倒れる音がした。
光の柱が弱まり、かわりに、面の見えぬ多数の息が寄り集まってくる。
数は力だ。けれど、数が理を生むわけではない。
「天草。」私は横目で彼を見た。「あなたの理を、ここへ繋いで。」
四郎は頷き、旗を掲げ直す。
「人々の祈りは、勝利のためにだけあるのではない。」
彼の声が広がると、先ほどの怒号が波の裏へ回り、
奇妙なことに、戦場の音が一段落ち着いた。
「亡くなった者の名を、風が忘れないように。」
四郎の言葉が、灰の匂いをやわらげる。
その隙に、幸村が前へ出た。
「赤の陣、押し上げる。環、合図を。」
「待って。」私は剣を掲げ、呼吸を整えた。
束ねるとは、先に進むことではない。
散った歩幅を、同じ速度に揃えること。
「今だ。」私は囁いた。
忠勝の槍が地を打ち、政宗の蒼天剣が空を裂く。
小次郎の刃が流星の軌跡を描き、半兵衛の号令が無駄のない波形で伝わる。
そこへ、四郎の旗が重なった。
光は剣を硬くし、祈りは腕を柔らかくする。
攻めても折れず、受けても濁らない。
それが、理が重なった時の“形”だ。
足利の中軍が揺れ、左右の翼が遅れて応じる。
戦は崩れ、ではなく、ほどけてゆく。
糸の結び目を一つずつ解けば、布は裂かずに形を変えられる。
私たちは、裂くのではなく、ほどく道を選んだ。
やがて、敵の旗が三つ目に倒れた。
叫びは怨嗟ではなく、安堵のあいだに落ちる。
退く者の背を、私たちは追わなかった。
追わないと決めたから、追わないだけだ。
決められるのは、いつだって自分の剣筋だけ。
「環。」四郎が隣に並ぶ。「理は、届いたのだろうか。」
「届いたかどうかは、風が決める。」私は微笑む。
「でも――渡した手の温度は、もう消えない。」
幸村が肩で息をし、槍の石突きを地に置いた。
「終わったか?」
「終わりではなく、始まりに近い。」半兵衛が言う。
「この静けさのあとに、誰を呼ぶ?」
私は夜明けの空を見上げた。
灰色が薄れて、初めの青が生まれる。
理は、まだ揃っていない。
剣、旗、祈り――そこに“智”が加わって初めて、
この国の朝は本当に目を覚ます。
「西に文(ふみ)を。」私は答える。
「智の理を携える者へ――遅くなったと伝えて。」
半兵衛が頷き、馬へ駆ける。
忠勝は槍を回し、「これで飯がうまくなる」と笑った。
小次郎は刀を拭き、政宗は蒼天剣を鞘へ収める。
「黎明は、まだ途中。」
四郎は旗を下ろし、祈りの印をほどいた。
風が、ひとひらの灰を運ぶ。
私は剣を下げ、地面へと影を落とした。
この日の影を、忘れない。
忘れないために、進む。
束ねの剣は、握りしめるほどに軽くなる。
それは重さではなく、温度で覚えるものだから。
「行こう。」私は皆へ向き直る。
天草四郎が静かに微笑み、旗を肩へかけた。
私の隣に立つその姿は、少女ではなく、
“理を継ぐ者”の輪郭をはっきりと帯びていた。
🌌クロノスの囁き ― 黎明の陣 ― 理、ひとつに
――理は束ねられ、ひとつの形を成した。
けれど、“理”はまだ完成ではない。
光と祈りのあいだに残るのは、伝えるための“智”――。
「風が告げる次の名は、“智の理”を運ぶ者。」
💫次回予告
静けさは終わりではなく、言葉の始まり。
欠けていた“智の理”を求め、風は西へ――。
第8話:智と魂 ― 毛利と橘、邂逅の刻

戦国の戦場跡に光とともに現れた少女・天草四郎。
白と赤と金の聖装をまとい、炎の残る大地に静かに立つ姿は、まるで天からの導きを象徴するよう。
彼女の背後には十字の光が輝き、滅びと再生を告げる新たな時代の幕開けを感じさせる。
👉 ⚔️戦国ファンタジー第8話 ― 新章:繋がる鏡と交わる刃 ―


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