🗾戦国ファンタジー第9話:四国編 ― 義と海鳴りの盟約 ―

戦国ファンタジー
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海の向こうに、新しい朝があった。

九州の戦を終え、毛利元就の理(ことわり)を受け継いだわたしたちは、小さな舟で潮を渡った。

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波の音はまだ冷たく、空の端にはうっすらと靄が残る。

けれどその向こうに、確かに息づく国があった――四国。

浜辺に立っていた青年が、真っ直ぐにこちらを見ていた。

「橘 煉(たちばな・れん)。この地を守る者だ」

その眼差しには、戦の光ではなく、海の深さが宿っていた。

わたしは聖剣の柄にそっと触れながら、微笑んだ。

「理を乱すために来たのではありません。息を合わせに来ました」

煉は少しだけ目を細め、うなずいた。

「なら、話は早い。ここでは“義”を名乗る者たちが、波を血に染めている」

一、潮の声

阿波の村には、疲れた顔をした人々がいた。

海賊と残党、名ばかりの義士たちが、民の暮らしを脅かしている。

「潮の流れが変わった」と煉は言う。

波の音を聴くと、確かに地の底で軋むような響きがした。

九州の地脈を包んでいた“光の呼吸”が、ここでは乱れている。

「足利の旗を掲げる者たちが、義の名を口にして暴れている」

煉の声は低く、けれど怒りより悲しみに近かった。

「彼らは“正しさ”のために人を縛る。義を名乗るたび、誰かが泣いている」

わたしは海を見つめた。

波の音は、理の声に似ている。

怒りも悲しみもすべて呑み込み、それでも揺るがない。

「潮を鎮めましょう。争いではなく、声で」

二、砂の戦

夕刻、浜に“義旗衆”が現れた。

赤い旗に白く描かれた「義」の文字。

彼らは笑いながら言った。

「守ってやる代わりに、米と女を差し出せ」

わたしは前に出て、剣を抜かずに答えた。

「守るとは、奪うことではありません」

彼らは笑い、砂を蹴った。

「義なんて勝った者の言葉だろう!」

その瞬間、波が足元を洗う。

わたしは潮の引きを感じ取り、踏み込んだ。

「引いて、打つ」

忠勝の槍が砂を打ち、幸村が一気に駆けた。

小次郎の鞘打ちが旗竿を折り、風が止まる。

煉が静かに歩み出て、倒れた旗を拾い上げた。

「この地の義は、海とともに生きることだ。奪うことではない」

彼の声はまっすぐで、浜の人々が息を呑んだ。

「掟を変えよう。食えるだけ分け合い、弱き者を守る。それが本当の義だ」

わたしは頷き、剣を鞘に戻す。

「剣を抜かずに済むなら、それが一番の理よ」

三、霧の罠

夜、霧が濃くなり、海が静まり返った。

「足利残党は、夜になると潮の奥から現れる」と煉が言う。

入り江へ向かうと、波が音を吸い込んでいるようだった。

まるで“怨念”のように。

小次郎が囁く。

「見えない網だ。人の恐れと怒りで編まれた網」

次の瞬間、冷たい力が足を絡め取った。

(これは――負い目?)

九州で救えなかった命、失った仲間たちの記憶が胸を締めつける。

わたしの心が沈みかけた、そのとき――。

「環!」

幸村の声。忠勝の槍。けれど、足は動かない。

小次郎の声が届く。

「抜くな。その剣は人を斬るためじゃない」

わたしは目を閉じ、深く息を吸った。

(恐れも悲しみも、束ねてこそ理になる)

海の呼吸と重ねるように、心を静める。

「人は傷を抱えても、歩ける。だから、手を伸ばすのよ――」

見えない網が、ふっとほどけた。

霧が割れ、波が返す。

舟の上にいた影が、悔しげに呟いた。

「名を捨てた者に、居場所はない……」

煉が答える。

「名を持つ者こそ、帰る場所を持てるんだ」

霧が消え、夜明けが近づいていた。

四、義の輪

浜に朝が戻った。

壊れた網を、人々が一緒に繕っている。

「繋げば戻るんだね」と、子どもが笑った。

その笑顔を見て、わたしは静かに剣を立てた。

「義とは、分け合うこと。理とは、許すこと。

どちらも、誰かを想う心から生まれる」

煉が頷いた。

「この地はもう大丈夫だ。……環、次はどこへ?」

「風と氷の国。義と理の行く先を、見届けに行く」

そのとき、空に微かな光が走った。

“クロノス”の声が、風とともに響く。

― クロノスの囁き ―

「理の座標、あと三つ。

束ねの剣よ、風と氷の記憶を追え。

それが“時”を越える者の証となるだろう。」

🌸次回予告🌸

九州の風が新たな戦火を呼ぶ。

剣は再び空を裂き、理(ことわり)は揺れ動く。

そして、導かれし者たちは—新しい盟約を結ぶ。

― 敵か、盟友か?その薄氷を刃が描く。

⚔ 戦国ファンタジー 第10話『九州戦線』

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