三河の空に、白い紋がふっと浮かんだ。クロノスの信託だった。
『三日後、十一の理を三河へ集めよ。』
私は静かに頷き、準備を整えた。
三日後。
最初に信康が到着し、続けて半蔵、忠勝、幸村、半兵衛、毛利元就、橘 煉、天草四郎が姿を見せる。
そのあと、山風をまとって武田信玄が歩いてきた。私が救い上げた命だ。
「呼ばれたとあれば、参らぬ理由はない。」
そして、雪の気配を運んで謙信と兼続が揃って現れた。
十一の理がそろった。
林から佐々木小次郎がひょいと顔を出す。
「呼ばれちゃおらんが……まあ来てみた。」
私は全員を見渡す。
「これで十一人。
次に動く理は“氷”と“義”。
謙信、兼続。白峰へ向かおう。」
白い紋が開き、光の道が現れる。二人が踏み込み、私と小次郎もあとに続いた。
白峰の空気は鋭く冷たく、吹雪が壁のように渦を巻いていた。
「ここが……」
兼続が息を呑む。
「理が動く時、場所は選ばない。」
私は雪の奥を見つめる。
吹雪が割れ、二つの道が現れた。
右は蒼い光。左は白の冷気。
「兼続は右。謙信は左。
ここから先は、自分の心で越えて。」
二人は静かに進んでいった。
小次郎は足を止め、吹雪を眺める。
「今回は出る幕でもないな。」
私は微かに笑って彼の横を通り過ぎた。
右の道――兼続の前に、蒼い霧と共に過去の影が現れる。
救えなかった者たちが責めるように語りかけた。
「義のためだと口にしながら……お前は誰を救った?」
義心剣の光が弱まりかける。
兼続は胸に手を当てて目を閉じ、深い痛みを飲み込んだ。
(義とは……死ぬ覚悟ではない。生きて支える覚悟だ。)
「義は犠牲じゃない!」
兼続の声が響き、蒼光が弾けた。
義心剣に蒼紋が浮かび、試練は終わった。
左の道では、謙信の前に氷龍が現れた。
「上杉謙信。その心に宿す怒りを見せよ。」
裏切り、戦乱、失ったもの――
過去が次々と映し出されるたび、謙信の氷刃は砕けていく。
謙信は砕けた欠片を胸に当てた。
(私は怒りのために戦ってきたわけではない。祈りのためだ。)
静寂が胸に満ち、目を開くと氷龍が頭を垂れた。
「その静寂こそ氷の理。」
白い光が集まり、謙信の手に“龍雪の氷刃”が形成された。
吹雪が止み、二人が私の前へ戻った。
義の蒼、氷の白――どちらの刃も美しい。
「……おめでとう。二つの理が確かに形になったね。」
空に雪紋が浮かび、クロノスの声が降りる。
『義と静寂は対にあらず。
いずれも“心を整える理”。
道は分かれど、辿り着く場所は同じ。』
白い雪が光を帯びて舞い、白峰は静かに幕を閉じた。
帰路につき、雪道を歩いていたとき、小次郎がふいに足を止めた。
「……来る。」
白い空気を裂いて、一人の女が姿を現した。
黒髪を無造作に束ねた背の高い武士。女の宮本武蔵。
彼女は小次郎を見て薄く笑う。
「やっぱり、あんたね。佐々木小次郎。」
小次郎も静かに目を細めた。
「武蔵。まだ生きてたか。」
「死ぬ気はないわ。それにしても……妙な一行ね。」
武蔵は私たちをなめるように見渡し、小次郎にだけ視線を戻す。
「今の私は、まだあんたと斬り合う時じゃない。また会うわ。」
そう言い残して、雪に紛れて消えた。
「知り合い?」
私が訊くと、
「……腐れ縁の女さ。」
小次郎はそれだけ言って前を歩いた。
雪景色が途切れ、三河の土と風が戻ってくる。
陣門が見え、兵たちが駆け寄る。
「環様! お戻りです!」
私は微笑み、仲間たちを振り返った。
「皆、おかえり。」
信康、忠勝、幸村、半蔵、半兵衛、毛利、煉、天草四郎――
十一の理が揃って迎えてくれた。
理はさらに深く動き出していた。
【✨次回予告】
白峰から戻った三河の陣に、
大地を揺るがす足音が近づいてくる。
武田信玄――土の理。
真田幸村――火の理。
揺るがぬ“支え”と、
迷わぬ“炎”。
次回
大地の理 ― 信玄と幸村、揺るがぬ覚悟🔥
火が道を切り開き、
大地がその背中を押す。
二つの理が、ひとつの未来へ重なり始める。
【🌙クロノス予告】
『――次に動く理は土と火。
揺れぬ地と、迷わぬ炎。
どちらも“進むための力”なり。』
『大地は支え、炎は照らす。
その果てで、道はひとつとなろう。』


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