環は一人、天幕の外を歩いていた。🌌
誰の気配もない夜道。
足音だけが、静かな地面に吸い込まれていく。
風は吹いている。
けれど葉は鳴らず、空気は張りつめていた。
世界そのものが、次の瞬間を待っているような――そんな静けさ。
「……呼ばれてる」
思わず、そう呟いていた。
誰に、とは分からない。
ただ胸の奥が、一定のリズムで鳴っている。
歩みを止め、夜空を見上げる。🌙
星が、いつもより近い。
近いというより、“集まっている”。
理が、寄ってきている。
その感覚だけは、はっきりしていた。
そのときだった。
背後から、柔らかな足音が近づいてくる。
「環」
振り返ると、松平元康が立っていた。🌸
静かな笑み。
けれど、その瞳はいつもより冴えている。
「一人で歩いてると思った」
「うん……少し、考え事」
「今日は、そういう夜だね」
並んで歩き始めると、
不思議と胸の鼓動が落ち着いた。
「元康、感じる?」
「うん。何かが、近づいてる。でも怖くない」
二人の足取りは、自然と天幕の方へ向かっていた。
🔥火の前に集う者たち
天幕に戻ると、すでに何人かが火の前に集まっていた。🔥
服部半蔵は影のように腰を下ろし、
竹中半兵衛は筆を置いて、静かに火を見つめている。
本多忠勝は鎧を外し、
戦のない夜の重さを肩から下ろしていた。
そして――天草四郎時貞。🌙
彼女は少し離れた場所で、背筋を伸ばし、
火の向こうの“何か”を見ている。
環が近づくと、時貞はゆっくりと視線を上げた。
「来たね、環」
「……うん。時貞、今日はずっと静かだね」
「静か、というより……観測」
元康が首をかしげる。
「観測?」
「世界の呼吸を、数えてるの」
半兵衛が小さく息を吐いた。
「覚醒前の空白……理が形を決める直前だ」
忠勝が低く笑う。
「なるほど。嵐の前ってやつか」
「嵐じゃないわ」と時貞。
「目覚めの前」
🌊眠っている理の呼吸
火が、ぱちりと小さく弾けた。🔥
その音に合わせるように、時貞が言葉を続ける。
「理はね、目覚める前に必ず“深呼吸”をする」
「深呼吸?」
「うん。世界全体が静かになるの」
半蔵が小さく頷いた。
「忍びの世界でも同じだ。
動きが止まる前に、必ず間がある」
環は、その言葉に過去の戦を思い出していた。
斬り合いの直前。
音が消え、視界が研ぎ澄まされる瞬間。
「今日が、その“間”?」
時貞は、はっきりと頷いた。
「今夜は、呼ばれる前の夜」
「誰が?」と元康。
「まだ分からない。でも……複数」
半兵衛が火の影を見つめる。
「情報が、ひとつに集まり始めている」
🕊️半蔵の報告 ― 消えた影
半蔵が、静かに口を開いた。
「一つ、報告がある」
火の音が、わずかに大きくなる。
「消えたはずの影が、また動いた」
忠勝が眉をひそめる。
「消えたはず、とは?」
「本能寺で終わった……とされている流れだ」
その場の空気が、確実に変わった。
「確証は?」と半兵衛。
「ない。ただ、痕跡だけが残っている」
時貞は目を閉じた。
「……やっぱり。境界が揺れてる」
環の胸の奥が、強く鳴った。
“呼ばれる”という感覚が、少しだけ鮮明になる。
🌙環の内側 ― 束ねる者の兆し
火を見つめながら、環は思う。
自分は、何をする役割なのか。
剣を振るうだけではない。
策を練るだけでもない。
――束ねる。
それが、自分に与えられた理。
散らばった意志を、ひとつの方向へ導く存在。
「環」
元康の声に、顔を上げる。
「今夜、無理に答えを出さなくていい」
「……うん」
「呼ばれるなら、ちゃんと呼ばれる」
その言葉が、胸に静かに落ちた。
🔮夜の終わり、そして始まり
夜は、ゆっくりと更けていった。🌌
誰も無理に言葉を発しない。
それでも、全員が同じ方向を見ている。
理が、集まり始めている。
まだ形はない。
だが確実に、次の時代の輪郭が浮かび始めていた。
環は立ち上がり、夜空をもう一度見上げた。
「……来るね」
時貞が、静かに答える。
「うん。でも、恐れる必要はない」
この夜は、戦ではない。
選択の前夜。
呼ばれるその瞬間まで、
世界は、静かに息を潜めている。
🔮クロノスの囁き
呼び声は、騒がしい時には聞こえない。
静けさを受け入れた者だけが、
次の理を選ぶ資格を得る。
▶️次回予告
第34話|呼び声 ― 境界が開く朝
ついに、誰かが“夢”を見る。
それは偶然か、必然か。
境界が開くとき、世界は一歩前へ進む。