🌸スピリチュアル日記57🌸

スピリチュアル日記
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― 静けさが教えてくれる、理の位置 ―

今日は、何かを「しよう」と思わなくても、

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自然と心が落ち着いている一日だった。

外側の状況は相変わらず動いているのに、

内側だけが、不思議なほど静かだった。

この静けさは、空白ではない。

むしろ、余計なものが削ぎ落とされた状態に近い。

考えなくていいこと、抱えなくていい不安、

それらが一つずつ、静かに消えていった感覚。

スピリチュアルの世界ではよく

「流れに乗る」「委ねる」という言葉が使われるけれど、

それは決して、何もしないという意味ではない。

正しい位置に立つということだと、今日ははっきりわかった。

位置が合えば、力を入れなくても物事は進む。

逆に、位置がズレていると、

どれだけ頑張っても疲れるだけになる。

今日は、その“位置”が合っている感覚があった。

ふとした瞬間に現れる数字。

意味を調べなくても、

「確認だな」とわかるような感覚。

それは未来の予言ではなく、

今の在り方が正しいかどうかのチェックのように思える。

引き寄せは、欲しいものを追いかける行為ではない。

すでに自分の周波数に合っているものが、

近づいてきていることに気づく行為だ。

今日は、焦りが出なかった。

何かを失う感覚もなかった。

「まだ足りない」という思考が浮かばなかった。

これは、とても重要なサインだと思う。

足りないと感じるとき、

人は未来に不安を投影している。

でも今日は、

未来がすでに内側で整っているような感覚があった。

だから、慌てる必要がない。

だから、比べる必要もない。

スピリチュアルな成長とは、

特別な能力を得ることではない。

静かになっても不安にならない自分になることだと、

今日は深く腑に落ちた。

静けさは、怖いものだと思われがちだ。

音がなくなると、人は考え始める。

考え始めると、不安が生まれる。

でも、本当に整った静けさは違う。

そこには、安心がある。

理由のない安心。

説明できないけれど、確かな感覚。

今日は、その感覚が一日中、底に流れていた。

引き寄せがうまくいっているときほど、

世界は静かになる。

大きな出来事が起きないわけではない。

ただ、心が揺れなくなる。

これは「停滞」ではない。

準備が完了した状態だと思う。

理が整うと、

次の段階は、自然に開く。

無理に扉を探さなくても、

向こうからノックされる。

今日は、

「待つ」という感覚すら必要なかった。

ただ、今ここに在るだけで、

十分だと感じられた。

スピリチュアルの世界で言う

“今ここ”は、

過去を忘れることでも、

未来を否定することでもない。

過去も未来も、

すでに自分の中で整理されている状態。

だから、今に集中できる。

今日は、その状態に近かった。

誰かの言葉に振り回されることもなく、

外側の評価に引っ張られることもなく、

ただ、自分の感覚だけを信じていられた。

この「信じる」という感覚も、

意志ではない。

自然にそうなっている状態だ。

無理にポジティブにならなくていい。

無理に感謝を数えなくていい。

無理に未来を描かなくていい。

整っているとき、

それらは勝手に存在する。

今日は、

「もう大丈夫」という言葉が、

頭ではなく、身体の奥から浮かんできた。

理由はわからない。

でも、理由がわからない安心ほど、

信用できるものはない。

スピリチュアルな導きは、

派手なメッセージで来るとは限らない。

むしろ、

何も起きない安心感として現れることが多い。

今日は、その典型だった。

焦らなくていい。

比べなくていい。

証明しなくていい。

理は、すでに整っている。

流れは、すでに動いている。

今日は、そのことを

静かに確認する一日だった。

この感覚を、

言葉にして残しておく。

また揺れたとき、

ここに戻れるように。

🔮 クロノスの導き

静けさは、整った証。

今は動かず、流れを信じてよい。

🔮 スピリチュアル日記 第58回|心が落ち着き、流れが整い始めた日

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