― 音が先に、心を抱きしめる夜 ―
イブイブ。
12月23日という日は、不思議な位置にある。
クリスマスの直前でありながら、
まだ「特別な日」になりきらない。
街は完成しているのに、心だけが少し遅れている。
期待、疲れ、静けさ、焦り。
それらが同時に存在して、
どれにもはっきりと名前をつけられない夜。
だからイブイブは、
何かを足す日ではなく、
いったん立ち止まるための夜なのだと思う。
この第二夜では、
クリスマスに流れてきた「音楽」を通して、
その立ち止まる時間を、きちんと形にしておきたい。
🌙 なぜイブイブに「音楽」なのか
言葉は、ときに強すぎる。
説明しようとすればするほど、
本当の気持ちから遠ざかることもある。
けれど音楽は違う。
分からなくてもいい 理解できなくてもいい ただ流れてくるだけでいい
音楽は、
感情の奥にある“触れられない部分”に
先に届いてしまう。
イブイブという夜は、
まさにその状態に近い。
はっきり言葉にできない。
でも、何かを感じている。
だから今日は、
音楽に語らせる夜にする。
🎶 この冬を支えた「音の存在」
この企画で触れてきた音楽は、
どれも「励ますため」だけのものではなかった。
無理に前を向かせず、
無理に元気を与えず、
ただそばに残る音。
それが、この冬の音楽だった。
ここで一度、
その音たちを丁寧に振り返る。
🌸 ZARD ― まっすぐで、嘘のない言葉
ZARDの音楽は、
いつも静かで、まっすぐだ。
強がらない。
飾らない。
それでいて、弱さも否定しない。
「負けないで」という言葉は、
頑張れという命令ではなく、
「あなたはもう十分やっている」
という確認のように響く。
クリスマス前のこの時期、
自分を責めてしまう人ほど、
ZARDの言葉は胸に残る。
無理をしなくていい。
今のままでいい。
その一言を、
音楽として差し出してくれる存在。
🔮 林原めぐみ ― 祈りとしての歌
林原めぐみの歌には、
どこか「祈り」のような質がある。
強く主張しない。
でも、確かにそこにある。
アニメの主題歌として流れていても、
その奥には
生き方そのものへの問いが含まれている。
誰かのために生きること。
自分を見失わないこと。
それでも迷うこと。
イブイブの夜に聴くと、
この歌声は
「答えは今なくてもいい」と
そっと言ってくれる。
🖤 yasu ― 痛みを隠さない音
yasuの音楽が特別なのは、
痛みをそのまま音にしているところだ。
前向きに加工しない。
希望にすり替えない。
苦しいものは苦しい。
壊れそうなものは壊れそうだ。
それをそのまま差し出す。
だからこそ、
救われる人がいる。
イブイブは、
明るく振る舞うには少し重たい夜だ。
そんな夜に、
この音楽は正直でいられる場所をくれる。
❄️ 中島美嘉 ― 儚さと強さの共存
中島美嘉の歌声には、
壊れそうで壊れない強さがある。
弱いからこそ、
美しい。
傷つくからこそ、
人を思える。
「雪の華」が毎年クリスマスに流れる理由は、
単なる季節感ではない。
儚さを肯定してくれる歌だからだ。
この夜、
自分が少し脆くなっていると感じても、
それは悪いことじゃない。
そう教えてくれる。
🌠 KinKi Kids ― 夢を手放さない優しさ
KinKi Kidsの音楽には、
時代を越えて残る「やさしさ」がある。
派手ではない。
流行に媚びない。
それでも、
ずっとそこにある。
夢を持つこと。
信じ続けること。
そして、裏切られても人を嫌いにならないこと。
イブイブという夜に聴くと、
その歌声は
未来を急がなくていい
と語りかけてくる。
🎄 音楽が共通して語っていること
ここまで挙げた音楽に、
共通するものがある。
それは、
頑張らなくていい 正解じゃなくていい 今は立ち止まっていい
というメッセージだ。
クリスマスは、
楽しむことが前提になりがちだ。
でも、この音楽たちは言う。
楽しめなくても、あなたは間違っていない。
それだけで、この夜は救われる。
🌙 イブイブという夜の役割
イブイブは、
「本番の前」の夜ではない。
心を整えるための夜だ。
無理に盛り上がらなくていい。
無理に誰かと比べなくていい。
音楽を流して、
ただ時間を過ごす。
それだけで、
十分意味がある。
🎶 音楽パートは、ここで完結する
この第二夜をもって、
音楽の話は一区切りにする。
これ以上、
言葉を足す必要はない。
音楽は、
もう十分に役目を果たした。
胸の奥に残った感覚が、
すべてだ。
🎄 第二夜の終わりに
イブイブの夜、
何も起きなくてもいい。
静かで、
少し寒くて、
どこか気持ちが追いついていなくてもいい。
音楽は、
そんな夜を否定しない。
この第二夜は、
ここで終わる。
次は、物語の番。
アニメの話は、
また別の夜に。