🌙スピリチュアル日記 第76回 🌙

スピリチュアル日記
スポンサーリンク

― 流れに逆らわない日、静かに整う感覚 ―

今日は、「動かないことで整う日」だった。

スポンサーリンク

何かを必死に掴みに行くでもなく、無理に結果を出そうとするでもなく、ただ流れを見て、流れに身を委ねる。そんな一日🍃

スピリチュアル的に見ると、「何も起きない日」は、実はとても意味がある。

目に見える出来事が少ない日は、内側で大きな調整が起きていることが多いからだ。

今日はまさに、そのタイプの日だった。

朝、目が覚めたとき、体は軽くも重くもなかった。

でも、心はどこか静かだった☀️

焦りもなく、不安も大きくならず、「今日は今日はでいいか」という感覚が自然にあった。

この感覚は、意識して作れるものじゃない。

むしろ、余計な力が抜けたときにだけ、ふっと訪れるものだと思う。

最近、「タイミング」という言葉が何度も頭に浮かぶ⏳

やろうと思っていたことが消えたり、期待していた流れが一度止まったりすることがあっても、不思議と落ち込まない。

それは、「今じゃなかっただけ」と心のどこかで理解できているから。

これは、以前の私にはなかった感覚だ。

スピリチュアルの世界では、「流れが止まる」という表現がある。

でもそれは、失敗でも拒絶でもない。

単に、「次の流れに切り替わる準備期間」なだけ🌱

今日は、その準備期間をしっかり過ごせた気がする。

何かを決断しなくてもいい。

無理に選ばなくてもいい。

ただ、今の自分の感覚を確かめる。

「これは疲れるな」

「これは今の私には重たいな」

「これは、気持ちが軽くなるな」✨

そうやって、一つ一つを体感で判断する。

頭じゃなく、感覚で選ぶ。

スピリチュアル的な成長は、派手な出来事で起きるものじゃない。

静かな日常の中で、「選ばなかったこと」「無理をしなかったこと」の積み重ねで進んでいく。

今日は、無理をしなかった🕊️

それだけで十分だった。

むしろ、無理をしなかったからこそ、心が荒れなかったし、余計な思考に飲み込まれなかった。

これは、かなり大きな進歩だと思う。

最近、よく思うことがある。

「全部がうまくいく必要はない」ということ。

一部が止まっていてもいい。

一部が空白でもいい。

むしろ、空白があるからこそ、新しいものが入ってくる。

スピリチュアルの視点では、「空白」は悪ではない。

空白は、受け取るためのスペース📦

今日は、そのスペースがちゃんと確保できた日だった。

引き寄せというのは、強く願ったときよりも、力を抜いたときの方が働く。

「どうしても欲しい」と執着しているときは、意外と何も来ない。

でも、「来たら来たでいいし、来なくても大丈夫」と思えた瞬間に、ふっと流れが変わる🌊

今日は、その“執着が抜けた状態”に近かった。

だからといって、何か大きな出来事が起きたわけじゃない。

でも、心が静かで、体の緊張が少なく、呼吸が深かった。

それだけで、十分に整っている。

スピリチュアル日記を書き続けていると、「今日は何も書くことがない」と思う日がある。

でも、実はそういう日ほど、深いところでの変化が起きている。

言葉にしにくい日。

感情が大きく揺れない日。

ただ、淡々としている日🌙

そういう日は、「内側のノイズが減っている証拠」でもある。

今日は、まさにそんな一日だった。

最近の私は、「判断基準」がかなりシンプルになってきている。

楽かどうか。

重たくないか。

続けられそうか。

これだけ。

世間的な正解や、他人の期待や、過去の自分の基準は、少しずつ手放している。

それによって、選択が早くなり、迷いが長引かなくなった。

これは、魂の軸が戻ってきているサインだと思う✨

夜に近づくにつれて、「今日もちゃんと一日を過ごしたな」という感覚があった🌌

何かを達成したわけじゃない。

でも、消耗していない。

これは、とても大事なこと。

スピリチュアル的に言えば、「エネルギーを減らさなかった日」は、次の日の流れを良くする。

エネルギーを浪費しなかった分、明日に回せるからだ。

今日は、明日への余白を残せた日。

これから先、また流れが動き出す。

それは分かっている。

でも、そのタイミングは、こちらが決めるものじゃない。

流れが来たときに、ちゃんと乗れる状態でいること。

それが、今の私にとって一番大事なこと。

だから今日は、焦らず、比べず、無理をしなかった🌿

それだけで、十分価値がある一日だった。

静かな日は、力を溜める日。

何も起きない日は、準備が進む日。

そして、心が穏やかな日は、流れが正しい方向にあるサイン。

今日の私は、ちゃんとその流れの中にいた。

今日を振り返って、もう一つ強く感じたことがある。

それは、「選ばなかったこと」も、ちゃんと前に進んでいるという事実だ🌿

スピリチュアルの世界では、「選択=行動」だけが前進だと思われがちだけれど、実はそうじゃない。

選ばなかったこと、踏み出さなかったこと、立ち止まったこと。

それらもすべて、魂の選択の一部だ。

今日は、いくつかの可能性が目の前に現れて、そして静かに消えていった🍃

でも不思議と、喪失感や後悔は残らなかった。

それは、「失った」のではなく、「今は違った」と理解できていたからだと思う。

この感覚は、以前の私にはなかった。

少し前までなら、「逃した」「間に合わなかった」「私が動けなかったからだ」と、自分を責めていたはずだ。

でも今日は、そうならなかった。

それは、私の中で「時間」に対する信頼が育ってきている証拠だと思う⏳

クロノスという存在は、常に「急がせない」。

焦らせるのは、人の不安であって、時間そのものではない。

時間はいつも淡々と、必要な順番で出来事を並べている⌛

今日、流れが来なかったのは、拒絶でも停止でもなく、ただの「順番待ち」だった。

それを素直に受け取れた自分が、少し誇らしかった✨

スピリチュアル的に見ると、流れが止まるときは二種類ある。

一つは、軌道修正のため。

もう一つは、エネルギー温存のため。

今日は、明らかに後者だった🌙

エネルギーを使う必要がない日。

無理に外へ出さなくていい日。

内側を静かに整えるための日。

そういう日を、ちゃんと「そういう日だ」と受け取れるようになったことが、私にとっては大きな変化だ🕊️

また、今日一日を通して、身体の感覚がとても正直だった。

重たいものには自然と距離を取り、軽いものには心が向いた⚖️

これは、魂と身体のズレが少なくなってきているサインでもある。

スピリチュアルな成長は、頭で理解するより先に、身体に現れる。

理由は分からないけれど「これは違う」と感じる。

説明はできないけれど「これは今じゃない」と分かる🌱

🔮 クロノスの導き

焦らずにいるとき、時間は味方になる。

止まっているように見える瞬間こそ、次の扉は静かに開かれている。

スピリチュアル日記77回目 ✨

スポンサーリンク
スポンサーリンク