こんばんは環奈です✨
― デコの次に残った、夜・ノイズ・Lo-fiの記憶 ― 🌙📼
平成レトロという言葉が、また日常の中に戻ってきた。
少し前までは、キラキラした装飾や、盛りすぎなくらいのデコが象徴だった。
色が強くて、光が多くて、
「可愛い」が前面に出ている平成。
プリ帳、ラインストーン、派手な文字、
フラッシュを焚いた写真。 ✨
それは確かに、平成の一部だった。
でも最近、同じ「平成レトロ」という言葉の中に、
別の温度のものが混じりはじめている。
音が少なくて、
画質が荒くて、
どこか暗い。
夜の平成。 🌑
平成レトロは、昼だけの文化じゃなかった 🌙
平成を思い出すとき、
多くの人は「明るい場面」から記憶を引き出す。
友だちと撮った写真、
放課後のプリクラ、
人の多い場所。
でも、実際の平成は、
そんな場面ばかりじゃなかった。
深夜のテレビ。 📺
放送終了が近づくにつれて、
番組のテンションが落ちていくあの感じ。
誰に向けているのか分からない通販番組や、
淡々と流れる映像。
ビデオデッキの停止ボタンを押したあと、
画面いっぱいに広がる砂嵐。 📼
ザザッ…という音だけが残って、
「終わったはずなのに、まだ続いている」感覚。
それは派手でも、可愛くもなかったけれど、
なぜか強く記憶に残っている。
ノイズのある画質が、いま落ち着く理由 🎧
最近、あえて画質の荒い映像が好まれる場面が増えている。
平成初期のデジカメ。 📷
ピントが合っていない写真。
白飛びした夜景。
光源が滲んで、形を失っている街灯。
今の基準で見れば、
「失敗写真」と呼ばれるものばかり。
でも、その不完全さが、
見る側の呼吸をゆるめる。
高画質の映像は、
あまりにも情報が多い。
細部まで見えすぎて、
「ちゃんと見なきゃいけない」気持ちになる。
一方で、
ノイズ混じりの画質は、
見落としても許される。
目を逸らしても、
世界が壊れない。
それが、ちょうどいい。
デコ文化の次に来ている「盛らない平成」 🕯️
平成ガール、平成デコ。
前回の記事で扱ったような文化は、
「足すこと」で完成していた。
色を足す。
飾りを足す。
主張を足す。
でも、今続編として浮かび上がっているのは、
その逆の動き。
削る。
静かにする。
背景になる。
誰かに見せるためじゃなく、
自分が落ち着くための平成。
夜の部屋で、
カーテン越しに滲む街灯の光を見ているだけの時間。 🚏
それを「エモい」と言い切らない。
「癒し」とも言わない。
ただ、そこにある。
深夜の空気と、Lo-fiの距離感 🌃🎶
Lo-fiという言葉が広まったのは、
ここ数年のことかもしれない。
でも、その空気感は、
ずっと前から存在していた。
深夜のラジオ。
音量を小さくして聞く音楽。
外から聞こえる、遠くの車の音。
主役じゃない音が、
部屋を満たしている感じ。
平成の夜は、
そんな音でできていた。
無理にテンションを上げなくていい。
感情を共有しなくてもいい。
ただ、流れていく。
Lo-fiが支持されている理由は、
音楽性だけじゃない。
「何者にもならなくていい空間」を、
思い出させるから。
平成レトロは「懐かしさ」ではなく「避難」 🛑
この流れは、
単なるノスタルジーとは少し違う。
過去を美化したいわけでも、
戻りたいわけでもない。
今の世界が速すぎるから、
一度、遅い空気に身を置きたい。
平成は、
今よりも情報が少なく、
更新頻度も低かった。
ログアウトという言葉が、
まだ一般的じゃなかった時代。
それでも、
自然に「何もしない時間」が存在していた。
夜は夜のまま終わって、
次の日になれば、
また日常が始まる。
その切り替えが、
今よりも曖昧で、
だからこそ、楽だった。
Z世代が引かれているのは「完成していない世界」 🧩
今、若い世代が平成レトロに惹かれる理由は、
経験していない時代だから、というだけではない。
平成の映像や写真には、
「途中感」がある。
完成していない。
整理されていない。
説明もついていない。
だから、
自分の居場所を勝手に作れる。
正解が決まっていない世界は、
入っていきやすい。
今のコンテンツは、
完成度が高すぎて、
入り口が狭い。
平成レトロの夜は、
その逆だ。
深夜Vlogと、無言の映像ループ 📹🌙
最近増えている、
無言のVlogや、
ただ街灯を映しただけの映像。
あれは、
何かを伝えたいわけじゃない。
「ここにいる」という事実だけを、
置いている。
平成の夜の空気と、
驚くほど似ている。
カメラは揺れて、
ピントは甘くて、
音も小さい。
でも、
それでいい。
平成レトロの続編は、静かにフェードインする 🌫️
キラキラした平成は、
一度、しっかり再生された。
次に再生されるのは、
テープの裏側みたいな部分。
砂嵐。
低い音。
暗い部屋。 🕳️
それは目立たないし、
写真映えもしない。
でも、
確実に選ばれている。
平成レトロの続編は、
声を上げない。
主張もしない。
ただ、
夜のどこかで、
再生され続けている。
この記事を読み終わったあと、
何かをしたくならなくていい。
行動に移さなくてもいい。
街灯が滲む夜を、
少し長く眺めてみる。 🌙
それくらいで、ちょうどいい。