【静かな夜明けと、一杯の白湯 ☕🌅】
午前6時。凍てつくような寒さで目が覚める。
2026年が始まってから、私の朝の習慣は一つ増えた。起きてすぐ、ゆっくりと時間をかけて白湯を飲むことだ。
やかんでお湯を沸かす、シュンシュンという微かな音だけが、静まり返った部屋に響く。窓ガラスは結露で白く曇り、外の世界をぼんやりと遮っている。
一口、また一口と温かい水を喉に通すと、眠っていた身体の細胞が一つずつ目覚めていくのがわかる。
昔は朝からニュースを読み漁り、世の中の動きに置いていかれないよう必死だった。
けれど今は、この静かな10分間こそが、今日という一日を支える土台になると感じている。
【冬の街角、季節を味わう 🚶♀️❄️】
午前10時。近所まで少し歩く。
冬の空気は鋭いけれど、肺の奥まで洗われるような清涼感がある。
途中の公園では、冬の花が静かに咲いていた。
誰も見ていない場所で、凛としてそこに在る姿に、思わず足が止まる。
この寒さの中でも、季節はきちんと巡っている。
冬は、外に向かうよりも、内側を整える時間なのかもしれない。
そんなことを考えながら、ゆっくりと歩いた。
【午後の読書、紙の感触 📖】
午後は、お気に入りの椅子に深く腰掛けて、読みかけの本を開く。
最近はあえて、電子書籍ではなく紙の本を選ぶようになった。
指先でページを捲る感触、紙特有の匂い、読み進めるごとに左手の厚みが減っていくあの感覚。
物語の世界に没入している間、現実の時間は止まっているかのようだ。
誰かの人生を追体験しながら、自分の価値観が少しずつ揺さぶられていく。
本を閉じたあと、視界がほんの少し広くなったような気がした。
文字を追うことに疲れたら、窓の外を眺めて遠くの雲を追う ☁️
かつては「無駄」だと思っていた目的のない時間。
けれど今は、その余白こそが、新しい感覚を育てるための大切な土壌だと思えている。
【黄昏時の散歩と、自分への問い 🌇】
午後4時。日が傾き始め、街が黄金色に包まれる。
この時間帯特有の、少し切ないようで、それでいて一日をやり切ったような安堵感が好きだ。
歩きながら、ふと自分に問いかける。
「今の私は、納得できる歩みをしているだろうか」
誰かに評価されるための人生ではなく、
自分が「美しい」と思える選択を重ねられているか。
答えはすぐには出ない。
けれど、問い続けること自体に意味がある。
冬の枯れ木が春を待つためにじっと力を蓄えているように、
私の中にも今、静かに力が溜まっているのを感じる 🌳
【夜の静けさと、未来への願い 🌙】
夕食は、カット済みの蓮根を使って、香ばしいきんぴらと温かい粕汁。
手をかけすぎなくても、ちゃんと季節は味わえる。
立ち上る湯気の向こうに、穏やかな一日の終わりが見える。
2026年。
カレンダーの数字は進んでも、人の心の根っこにあるものは変わらない。
温かいものを美味しいと感じること 🍲
静かに一日を終えられること
今日を無事に過ごせたこと
今日という日は、二度と戻ってこない。
けれど、今日感じたこの穏やかさは、明日の私をきっと支えてくれる。
夜の帳が下り、街に灯りがともる ✨
それぞれの窓の下で、それぞれの人生が続いている。
そのすべてが、明日も穏やかでありますようにと願いながら、
私は今日の日記を閉じる。
一言。
立ち止まることは、
進まないことではない。
静かな時間は、
次の一歩を育てている。