三河に響く、名もなき光の呼び声** ✨🌸
冬が近づき、空気が澄み渡る三河の里。
環と元康は、次の巡察へ向かう前に、わずかな休息をとっていた。
静けさに包まれた朝。
風の音さえ柔らかく、戦の影などまるで存在しないように思える。
だが――その静寂の底で、誰かの声が微かに揺れていた。
環は空を見上げながら、その小さな震えに耳を澄ませる。
「……また来た。」
胸の奥でわずかな“理(ことわり)の震え”が起きる。
痛みではない。
不吉でもない。
ただ、遠くから手を伸ばしてくるような、ひどく柔らかい気配。
元康も気付いていた。
「環。今の、感じたか?」
「うん。三河だけじゃない。この数日、ずっと続いてる。」
ふたりは短く視線を交わす。
それは敵意を持つものでも、悪心が発する瘴気でもない。
もっと透明で、あたたかくて、やがて“光そのもの”になる気配。
だがその正体はまだ見えない。
🍂 揺らぐ理の輪郭 ― 三成が見た夢のもう一つの意味
その日の昼、三成が三河を訪ねてきた。
顔色は悪くない。けれど、いつもより声が静かだった。
「環殿……昨夜、少し妙な夢を見まして。」
三成の夢は、環たちが集まる前触れになりやすい。
そのため、環と元康は自然と表情を引き締める。
「どんな夢?」
「……名も知らぬ少女が、祠の前で膝を抱えていたのです。
誰も彼女に触れられず、ただ光だけがそこに降りてくる。
少女は泣いているのに、涙は落ちず……
風だけが、“まだ来ないで”と私に告げていました。」
環は胸の奥がざわりとした。
三成が見たもの。
環が感じている揺らぎ。
元康が気にしている微妙な波。
全部がひとつの地点へ収束しようとしている。
その少女が誰なのか、まだ分からない。
だが彼女の魂は――
すでにこの世界へ“呼吸”を始めている。
三成の夢の直後、風がひゅうと吹いた。
三河の祠の方向から、わずかな光が舞い上がり、空に溶けた。
環の胸の奥に、温かい痛みが刺さる。
(あ……呼んでる。)
元康が環を見る。
「環、無理するな。感じすぎてないか?」
「大丈夫。これは……痛くないんだよ。
ただ……懐かしい。」
懐かしい。
まだ会っていない少女なのに。
🌬️ 祠の前で起こった“小さな奇跡”
三人は祠へ向かった。
そこは昔から“名もなき祈りが集まる場所”として静かに残されている。
祠の前に立った瞬間、世界がひとつ息を飲むように静まった。
風が止み、木々が揺れず、空の色が薄く変わる。
その中心で――
ひとつの光が生まれ、ゆっくりと揺れた。
幼い息遣いのように。
小さな胸が上下するように。
誰かの“目覚め”が、祠の奥で静かに始まっていた。
環がそっと手を伸ばすと、光は環の指先に触れる前に消えた。
けれど、確かに触れた感覚だけは残った。
「……これは、理の胎動だ。
まだ姿はなくても、確かに生まれようとしている。」
三成が小さく息を飲む。
「つまり……少女とは?」
「天草四郎。
まだ名も形も持たないけど、魂だけはもう動き始めてる。」
三成は驚いたように、けれどどこか納得したような表情を見せる。
「では、これが“覚醒前の揺らぎ”というものか……。」
環は微笑む。
「うん。でも完全な覚醒は、まだ少し先。
冬の陣の前には間に合うよ。」
🔥 冬の陣への影 ― だが本物の敵ではない
風が戻った瞬間、環は確信する。
この揺らぎは冬の陣の予兆ではない。
迫る大戦の影でもない。
むしろ逆だ。
冬の陣が始まる前に、
この少女――天草四郎が覚醒し、理を補強してくれる。
それが世界の均衡になる。
環と三成と元康は祠を後にした。
背後で光の粒がふわりと空へ舞い、静かに消える。
環は歩きながら、小声で言った。
「三成、あの少女はきっとあなたも救うよ。
今はまだ遠いけど、つながってる。」
三成は驚いたように振り返るが、環はそれ以上言わない。
“光天使”となる前の天草四郎。
その魂は、すでに三人へ呼びかけていた。
🌕 そして夜――揺らぎがもう一度、環に触れる
夜、三河の宿。
環が眠りにつく直前、胸の奥がふわりと光った。
まるで小さな手が、環の胸に触れたように優しい。
(……まだ来ないで。まだこわい。
でも、あなたたちの声は届いてる。)
少女の声とも、風の声ともつかない囁き。
環は目を閉じたまま小さく返事する。
(大丈夫。あなたの行く道は、私たちが守るよ。)
その瞬間、胸の痛みが消えた。
代わりに、温かい光が環の体を包む。
これが――
天草四郎の“誕生前の光”。
まだ見えない少女が、世界に向けて初めて放った理の波。
冬の陣が始まる前に、最も大切な光が目覚めようとしている。
⏳次回予告
祠に眠る光は、ついにその輪郭を結びはじめる。
少女の魂は揺れ、震え、そして名を持つ。
それは――天草四郎。
のちに“光天使”として世界を照らす存在。
ぬ第18話:天草四郎 ― 理を呼ぶ、微睡(まどろ)みの覚醒 ―
🔮 クロノスの予告(囁き)
――揺らぎは兆し。
まだ名を持たぬ光は、冬の陣の前に“ひとつの理”へと結ばれる。
三河に触れた小さな手は、
のちに天と地をつなぎ、三人を導く 光の鍵 となる。
影はまだ動かない。
だが、光はすでに歩きはじめた。
「環、準備を。
光天使の目覚めは、冬の陣の幕開けより先に訪れる。
理はすでに、次の頁をめくっている。」
――クロノス