「天草四郎・神降臨 ― 光の理が降りた夜」
三河の山あいに、冬の気配がゆっくりと忍び込む。
空気は澄んでいるのに、どこか胸の奥に引っかかるようなざわめきがあった。
(今日は……なぜか胸が落ち着かないわ)
石田三成は、胸元を押さえながら大きく息を吐いた。
だがその理由は、自分でもわからない。
夢を見たわけでも、啓示を受けたわけでもない――
ただ、胸の奥でなにかがかすかに触れたような感覚だけが残っていた。
「三成、行くぞ。準備はできとるか?」
呼びかけたのは、三河の主・松平元康。
彼女はどこか楽しそうに微笑んでいた。
「はい。問題ありません。」
「固っ苦しいやつじゃなぁ。もっと肩の力を抜かんか。」
元康は豪快に笑いながら三成の肩を軽く叩いた。
今日の三成は、元康との友情だけで巡回に参加している。
夢も見ていない。
天草の気配も知らない。
ただ、元康に「一緒に来い」と言われただけ――それだけだ。
(元康様が言うなら……私は行くだけ)
それ以上の理由はない。
だが、それだけで十分だった。
🌕1:三河の静寂と、不吉な気配
巡察の道はいつもより静かだった。
鳥の声も、風の音も、何かを示唆するようにこだましている。
「しかし三成、おぬし最近どうじゃ?」
「え……どうとは?」
元康がふっと優しい目を向ける。
「なんか顔つき変わったのう。良い方にじゃ。」
三成は少し戸惑いながら視線をそらした。
「そう……でしょうか。」
「うむ。わしにはわかる。」
元康は頼もしさと姉のような温かさをあわせ持っている。
三成が三成でいられる理由のひとつだった。
三成が返事をしようとした瞬間――
ザァァァ……ッ。
空気がゆっくりと揺れ、山の頂から“白い光”が漏れた。
「……今のは?」
元康も眉をひそめる。
「胸が……ざわつきます。」
「わしもじゃ。嫌な感じではないが……妙な光じゃ。」
二人は山頂の方を見つめた。
そこには、まるで夜空に逆さまに差し込んだような“白い柱”が立っていた。
🌟2:山頂へ――導かれる二人
「行くぞ、三成!」
「はい!」
二人は走り出した。
山道は急だったが、何かに引き寄せられるように足が止まらない。
三成は胸のざわつきに戸惑っていた。
夢ではない。
啓示でもない。
なのに――
(呼ばれている……?)
理由はわからない。
だが、足が自然と光へ向かっていた。
元康がちらりと横目で三成を見る。
「怖いか?」
「いえ……不思議なだけです。」
「ならよい。おぬしの顔つきは、今“逃げる顔”ではない。」
その言葉は三成の背をさらに押した。
🔥3:天草四郎、現る
山頂へ辿り着くと、世界が変わっていた。
白い光が雪のように降り注ぎ、地面は淡く発光している。
その中心で――一人の少女が静かに佇んでいた。
黒髪が風もないのに揺れ、肌は光を反射して薄桃色に輝く。
背にはまだ形を成さない“白い羽の影”。
「……天草、四郎……?」
元康が呟いた。
少女はゆっくりと目を開け、二人を見た。
「来てくれたのね、元康。それに……三成。」
声は優しく、触れれば溶けてしまいそうな光そのもの。
三成は知らず一歩前に出ていた。
「……あなたは……?」
「わたしはまだ“人”の形をしているけれど、もうすぐ違う姿になるわ。」
四郎が微笑んだ瞬間。
ドンッ――!!
空が割れるような音とともに、“光の羽”が一気に広がった。
三成は思わず目を覆う。
(何……これは……!)
胸のざわつきが一気に熱に変わった。
だが、まだ“夢”ではない。
あくまで前兆――微かな揺らぎ。
✨4:神降臨 ― 理の翼が開く
光が弱まり、三成はゆっくりと目を開いた。
そこにいたのは――もはや“人”ではなかった。
白い光の翼を広げ、天草四郎は宙に浮かんでいた。
「わたしは――“光天使”。
理を守り、魂を導く存在。
この時代に降りる必要があった。」
元康が息を呑む。
「四郎……おぬし……神になったのか。」
「正しくは “神格へ至る途中”。でも、もう戻れない。」
三成は理解が追いつかず、ただ光に見とれていた。
四郎は三成の胸に視線を向ける。
「三成……あなたはまだ何も知らない。
夢も見ていない。
それでいい。」
「……どうして、私のことを……?」
「あなたの理は、これから育つ。
今は動かず、ただ“見ていて”。
その時が来たら――胸の奥が、未来を映すから。」
まるで母が子を諭すような声だった。
三成は胸に手を当てる。
(未来……?)
意味はわからない。
だが胸のざわめきは、先ほどよりも強く、温かかった。
🌌5:未来と過去の裂け目 ― 四郎の告白
四郎は空を見上げ、静かに語り出した。
「この世界は、理が揺らいでいる。
未来ではもっと大きな崩壊が起きる。」
「未来……?」
「わたしは未来を知っている。
そこには“澪”という少女が生まれ、世界の鍵となる。」
三成も元康も息を呑む。
「その子を守るために、わたしは過去へ逃げた。
そして、この時代に“理の種”を植えるために降りた。」
三成はその言葉が胸の奥に“しみ込む”ような感覚を覚えた。
理由はわからない。
だが、心が震えた。
(私に……何が起きているの……?)
四郎は優しく微笑んだ。
「まだ気づかなくていいの。
三成の夢は、これから濃くなる。
その時、あなたは“光と影の意味”を知る。」
🕊6:天草四郎、還る
四郎の身体が再び光に満ちる。
「わたしはしばらく天に戻るわ。
でも、あなたたちの理は必ず未来に繋がる。」
元康が前に出る。
「四郎。わしらは何をすれば良い?」
「見回りを続けて。
各地で“理の揺らぎ”を拾い、次の道を繋いで。」
元康はうなずいた。
そして四郎は――三成に微笑みかけた。
「三成。胸の温かさを覚えておきなさい。
あなたの物語は、まだ始まっていないの。」
三成の胸がじん、と熱くなった。
(始まっていない……?
では今のこれは……?)
問いかける間もなく、光が天へ昇った。
天草四郎は、静かに消えていった。
🌙7:残された温かさ ― 三成の“前兆”
四郎が消えた跡に、白い光の粒が舞い落ちた。
三成はそれをそっと手に取る。
温かかった。
「三成……大丈夫か?」
元康の声で我に返る。
「はい……ただ……胸が……少し。」
「痛むのか?」
「いえ。
あたたかいのに、なぜか寂しくなるような……不思議な感覚です。」
「……そうか。」
元康は三成の肩に手を置いた。
「今はそれでよい。
わしらは巡察を続ける。
おぬしはおぬしのままでおればよい。」
三成は小さくうなずいた。
胸の熱はまだ消えなかった。
(夢ではない。
でも……これはきっと、何かの始まり。)
三成は空を見上げた。
そこには、天草四郎が残した光がゆっくりと消えていくのが見えた。
🌟《次回予告》
第20話「光の残響 ― 天草が残した理と未来」
天草の消えたあとに残る光。
胸の温かさは、三成の“前兆”となり、
元康は各地の巡察に動き出す。
🔮クロノスの囁き
「理は静かに、しかし確実に芽吹く」