夜明け前の空気は、どこかざわついていた。
冷たいはずの風が、妙にあたたかく皮膚を撫でる。
天草四郎はひとり、森の奥に立っていた。
足元の落ち葉がわずかに光を帯び、まるで呼吸するように揺れている。
「……また、だ。」
胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
それは痛みではない。
けれど明らかに“人間ではない何か”が目を覚まそうとしている気配だった。
光はまだ弱く、輪郭すら曖昧。
しかし四郎は本能で悟る。
――これは、あの日(19話)に降りた“光”の続き。
――まだ名を持たない、“神格の胎動”。
四郎は目を閉じる。
その瞬間、世界の輪郭がわずかに変わった。
耳元で、誰のものとも分からぬ声がかすかに囁く。
『まだ行ってはならぬ。理は整っていない。』
四郎は思わず振り返る。
だがそこには誰もいない。
声は幻ではなく、確かに光の中から響いた。
この世のものとは異なる、澄んだ響き。
「……“時”が揺れている。」
これまで感じたことのない感覚が胸を掠める。
時が重なり、ほどけ、また結び直されるような不可思議な歪み。
四郎自身が、その中心に引かれている。
まだ自分が“何になろうとしているのか”理解は遠い。
だが一歩ごとに、抗いようのない運命が近づいてくる。
その頃、遠く離れた三河では元康が静かに巡察の準備を進めていた。
冬の陣を前に、戦場の空気がわずかに変わり始めている。
――これは天草四郎だけの覚醒では終わらない。
――理全体が動き始める“前触れ”。
四郎は、胸の熱が少しずつ一定のリズムを刻むのを感じていた。
まるで、目に見えない心臓がもう一つ生まれたような感覚。
「まだ……完全じゃない。」
そう呟いた瞬間、光が一瞬だけ強く揺れた。
まるで「その通りだ」と告げるように。
⏳次回予告(第21話)
『揺れる理、三河に走る兆し』
天草四郎の胸奥で芽生えた“別の鼓動”。
同じ頃、三河の元康は空気のわずかな変化に気づき始める。
まだ誰も知らない――これは冬の陣へ続く 最初の揺らぎ。
🔮クロノスの導き
—光はまだ、形にならぬ“理”の胎動にすぎない。
やがて降り立つ者は、己の名すら越えて“使命”となる。
時は満ちつつある……環が揃う、その前に。
―クロノス