⚔️ 戦国ファンタジー第51話✨仮初の進軍

💫戦国ファンタジー💫
スポンサーリンク

夜明け前の尾張は、冷え切っていた。

凍てつく空気が地面に貼りつき、息を吸うたびに喉の奥が痛む。

スポンサーリンク

霜を抱いた草は白く、踏みしめれば砕けるはずなのに、その音すら立たない。

音が、吸われている。

私は土の上に立っていた。

湿った黒土は夜の冷えを溜め込み、靴底を通して骨にまで冷たさを伝えてくる。

泥の匂いがする。

湿った藁と、金属の冷気が混じった匂い。

戦の匂いとは、少し違った。

生き物の匂いではない。

準備された“形”の匂いだった。

❄️ 夜明け前の尾張

尾張の陣は、すでに動き始めていた。

だが、号令はない。

鬨の声もない。

誰かが声を張り上げることもない。

それでも、兵は動く。

松明が並び、列が整い、隊形が完成していく。

まるで最初から決められていたかのように、寸分の狂いもなく。

炎は明るい。

だが、揺れない。

風はある。頬をかすめる程度の微かな風が、確かに流れている。

それでも、松明の炎だけが拒絶するように、直立したままだ。

兵の足音が揃う。

揃いすぎている。

本来、これほどの人数が動けば、音は重なり合う。

鎧の擦れる音、地面が沈む音、誰かの呼吸。

だが今は、それらが混ざらない。

均一な音だけが、一定の間隔で刻まれていく。

私は、その様子を見ていた。

列の外側から。

少し距離を置いて。

――これは、織田の軍ではない。

旗印は織田。

布の色も、家紋も、編成も、すべて正しい。

それでも、違う。

織田の軍にあったはずの張り詰めた理。

常に何かを疑い、考え、噛み砕こうとする意識。

それが、ここにはない。

あるのは、完成された“従属”だけだった。

🩸 仮初の織田軍

先頭を進むのは、羽柴秀吉。

背筋は伸び、歩みは滑らかで、無駄がない。

それ自体は美しい動きだった。

だが、その美しさが異様だった。

かつての秀吉は、もっと雑多だった。

余計な動きを隠さず、場を読むための間を取り、無駄を武器にする人間だった。

笑いも、沈黙も、すべて計算の内側にあった。

今の秀吉には、それがない。

感情の揺らぎが削ぎ落とされ、冷えた刃のような直線だけが残っている。

支配の気配が、背中に貼りついている。

背後には、明智光秀。

濃姫。

森蘭丸。

竹中半兵衛。

錚々たる顔ぶれだ。

織田の中枢を担ってきた者たち。

だが、その瞳は虚ろだった。

光秀の視線は、前を見ているようで、何も見ていない。

疑い深いはずの思考が、停止している。

疑わない光秀ほど、不自然な存在はない。

濃姫の表情には、冷静の仮面だけが残っていた。

判断の重みが消え、形だけの沈着が貼りついている。

それは冷静ではなく、停止だった。

蘭丸の忠誠は、形だけを残していた。

主を想う熱が削ぎ落とされ、命令に反応する動きだけが残っている。

誰も、秀吉の言葉を疑わない。

疑問という概念が、そもそも浮かばない。

秀吉が口を開く。

「三河へ向かう」

声は淡々としていた。

感情の起伏がない。

その言葉が放たれた瞬間、空気が縛られる。

言霊が、場を固定する。

「徳川を討つ」

誰も反応しない。

誰も否定しない。

ただ、全員が同じ理解を共有する。

――これが正しい。

――これが唯一の道だ。

その異様さに、背筋が冷えた。

🕯️ 幻惑の風景

私は歩きながら、彼女たちの横顔を見た。

目は開いている。

身体も動いている。

だが、意識の奥に“空白”がある。

秀吉が編み出した幻惑。

それは意識を奪う術ではない。

奪うのではなく、歪める。

考える力を消すのではない。

考える“方向”を、一本に限定する。

他の選択肢を思い浮かべることすらできなくなる。

だから、従属は自発的に見える。

これほど歪んだ状態でありながら、誰も異常だと感じない。

それが、何よりも恐ろしい。

織田の理は、多様性にあった。

疑い、衝突し、ぶつかり合いながら、最適解を探る。

それを許容する器こそが、織田の強さだった。

今、その器が、内側から削られている。

🧊 秀吉の変貌

秀吉は振り返らない。

ただ前を見る。

彼女の周囲には、かつてあった「陽」の気配がない。

場を温める光も、揺らぎも、完全に消えている。

残っているのは、支配の直線。

「三河へ」

その言葉が、繰り返し場を縛る。

確認ではない。

宣言でもない。

決定だ。

誰かが逆らう余地はない。

逆らうという発想すら、許されていない。

私は、その背中を見つめながら思った。

――この進軍の先には、破滅がある。

あるいは、浄化が必要な何かが。

どちらにせよ、このままでは終わらない。

🚩 歪んだ進軍

軍は進む。

整然と。

無言で。

旗印は織田。

だが、中身は別物だ。

織田の名を借りた、別の意志。

一つの思考だけで構成された、仮初の軍。

土の冷たさが増していく。

朝靄が薄れ、光が差し始める。

それでも、温度は上がらない。

私は、嫌な予感を振り払わなかった。

むしろ、正面から受け止めた。

これは分岐だ。

戻れない地点。

この進軍が示しているのは、戦ではない。

選別だ。

何が残り、何が壊れるのか。

そのための、静かな始動。

🌫️ 仮初の進軍

誰も声を上げない。

誰も疑わない。

ただ、前へ。

その異様な静けさの中で、私は確信していた。

この軍は、長くは持たない。

歪みは、必ずどこかで破綻する。

そしてその時、

織田という名の下に集った者たちは、

それぞれの道を選び直すことになる。

進軍は、静かに続く。

だが、すでに始まっている。

破綻への、最初の一歩が。

第51話 仮初の進軍 完

🕒 時間予告

半刻も経たず、軍は戻れぬ地点へ。

声も判断も介さず、先に進むのは「理の綻び」。

残された時間は、もう多くない。

🔮 クロノス予告

「理は、静かな場所から壊れる。

仮初の秩序ほど脆いものはない。

次に問われるのは、見抜いている者だ。

時はすでに分岐を越えた。

選ぶのは、剣か、理か、それとも沈黙か。

戦国ファンタジー52|🕯️ 潜伏の理 ―― かかった振りの刃

スポンサーリンク
スポンサーリンク